4月8日(月曜)
妹は役所の様々な手続きへ。
私はシャンプーの注文が4月は多くて、その受け取りと発送に堀江に戻りました。
一週間ぶりの自宅。
半分食べたリンゴもそのまま。
このリンゴを食べたときは母ちゃん生きてたんだなーなんて。
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通夜と告別式がおとつい土曜に無事終わりました。
親戚の人たち、そして友人たち、ヘルパーさんたち、近所の方たちなど
改めて身近な人の温かさに触れました。
変なのですが私と妹が癒された心温かい通夜と告別式でした。
両日とも最後に二人で挨拶しました。
母のおもしろエピソードや、スマホに録音している母の声も皆さんに聞いてもらいました。
元気な声で九九や諺を言う母。
「母ちゃんよーグフフ(笑)、
忙しいときにごめんね、
また電話するね、ガチャッ」
亡くなる2時間前の留守電も聞いてもらいました。
元気な声でした。
また電話するって言うたやん!(>_<)
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親戚の人たちと式場に泊まりました。
二人だけなら泣いてばかりだった夜が、
昔話に花が咲いて楽しい夜になりました。
母も参加していたはず。
母がこんなにも好かれていたとは。
母はどこにも出掛けませんでしたが、「お母さんの怒ったところを一度も見たことがないんよ」「癒しの人だったねー」と言われてとても嬉しかったです。
私もこれからは気を長くもって
母みたいになりたいな、と思いました。
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お骨を見て諦めがつきました。
妹が毎日煮干しで味噌汁作って、その煮干しも丸のまま食べていたからか、
85才にしてはお骨がとてもしっかりされていますねと焼き場の方から誉められました。
喉仏はきれいで、大腿骨も骨盤も指の骨までしっかり残っていました。
出しじゃこ、いいですよ(^o^)
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■再開
仕事ですが
来週から通常通り施術します。
あさって水曜日の体操はお月謝を頂いてるのと、私も体を動かしたいので石切へ行きます。
泣いてばかりで萎縮してなまりまくった体と心にカツを入れます。
ただ、妹がまだまだダメなので今週はなるべく側にいてあげたいと思います。
(特に夜は)
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遺影の写真は、2年前のもの。
体操の先生からもらった大福餅を手に笑っている写真を使いました。
母はお餅が大好きだったのでほんまにいい笑顔です(笑)
背景は葬儀やさんが桜に加工してくれました。
去年東京に引っ越しされた先生から、東京の美味しい大福餅がすぐ届きました。
早速母に。(^-^)
ハaハaハaさんからはハハハクッキーが温かい手紙とお花とともに届きました。
みほさんとゆっくり会いたくなりました。
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こういうときに弔電がどれだけ嬉しいか、
今回よくわかりました。
親戚が寝て深夜に母の横に座って
届いた弔電を妹と二人でゆっくり読みました。
ほっこりしました。
「どこでいつ式をするのかだけは知らせないといけないよ」と言われて、慌てて日記に書いたのですが
皆さん住所など調べて下さったのでしょう
たくさんの温かい気持ちが届きました
◆『弔電』= 気持ちを直接伝えられないけれど、あなたのことを想っています
そういう意味なのですね。
私も訃報を聞いたらとりもなおさず弔電を打とうと思いました。
一人一人のお名前は日常の世界。
日常に触れて非日常の疲れが取れていきました。
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母は満開の桜とともに逝ったので
棺も何もかもが桜でした。
棺の布は日本の職人さんの手刺繍です。
通夜の前に妹が花屋で桜の枝を買ってきて棺の中に入れました。
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母の葬儀担当のお二人の心遣いと温かさには感激しっぱなしでした。
男親も男兄弟も旦那もいないおばちゃん2人
どれだけ担当のお二人に助けられ、救われたことか。
この仕事は究極のセラピストだなーと思いました。
担当さんの心遣いで
棺の中、片側は
母の故郷、愛媛の北宇和郡津島町の海やバス停の写真をプリントしてくださって
もう片側には
母が大好きだったお菓子やポテサラの写真をプリントしてくれました。
映画のように母の日常写真30枚をスライドショーにしてくれました。
笑いも起きて(笑)
それをDVDで頂きました。
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母は不思議な人でしたが、今回驚く奇跡が2件ありました。
◆母の里から来る親戚を大阪駅に迎えに行き、たまたま通りかかったタクシーを拾ったら
運転手さんが全く同じ、愛媛の北宇和郡津島町の人でした。
これにはもうお互いビックリ!!!
運転手さん「これも何かの縁なんでしょうなあ」と話していました。
◆14才で亡くなった従姉妹のKちゃんを母は大好きだったのですが、
そのKちゃんと同じ日に母は亡くなりました。
Kちゃんのお姉さんが「命日が同じでビックリしたよ!」と聞いてこちらもビックリ。
やっぱり母は不思議な人です。
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母と24時間べったり、13年間一緒にいたふくが元気がありません。
母を探してうろうろ
時々妹に向かって「なあ、母ちゃんはどこなん?」とにゃあ~~
母のお骨から離れなかったりもします
妹が会社に行って昼間独りぽっちになってからのふくが少し心配。
母の最後を看取ったふく。
母ちゃんに何があったん?
ふくが話せたらなあ、と思います。
満開の桜と母の安らかな寝顔
一生胸に抱きます。
余談ですが
父は、14年前の夏の甲子園の決勝戦(早稲田ハンカチ王子と駒大苫小牧田中まーくん)
そんな偶然もなんだか可笑しくて。
母ちゃんはいつもニコニコと笑ってました。
『笑う門には福来たる』
『笑う母ちゃんにはふく来たる』