ムウアロハ 手仕事の日々

オリジナルボディワーク。からだとこころを施す手仕事。

映画【甲子園 フィールド・オブ・ドリームス】と 本【甲子園という病】

8月24日(月曜日)☀️

 

箕面を早く出て、9時半からの映画を大阪駅のステーションシネマで観ました。

 

早く着きすぎて空を眺めながら珈琲☕️


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観客は私含めて3人でした。

(おじさん2人とおばさん一人(私))

 


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■甲子園 フィールド・オブ・ドリームス

https://koshien-movie.com/

 

アメリカ人女性監督が撮った日本の甲子園。

アメリカで話題になり、ドキュメンタリー賞も取った外国人が初めて高校野球を撮影した作品。

 

 

1時間45分。

次から次へと場面が変わり

感動で心が震えたり

辛さに心が痛んだり

 

あっという間でした。

何度も涙がポロリ。

 

自分の時間のほとんどを、たった3年間だけお世話する子供との時間にあてている高校野球の監督さんは、どれほど多くのことを犠牲にしているのだろう。

 

16~18才の若者が、ただひたすら野球に打ち込む姿は尊敬の念で、眩しい。

 

ソフトの代表選手だった時もここまでは打ち込んではいない(>_<)

 

 

野球はアメリカから来日した時から【武士道】。
グランドは【道場】。
行動は【礼儀と所作】。

 

勝ち負けよりも大事なものがある。

 

令和に入り今後はだんだんそういうものもなくなって来るのかな。😢

 

映画を観ると、春夏の大会の中止が余計に辛い。😢

 

■ステーションシネマ  公開情報

https://www.osakastationcitycinema.com/sp/site/oscc/detail.html?cinemaid=T0025496&type=0100&screendate=20200824

 

 

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今、鞄にはこの本が入っている。

アンチ高校野球論だ。


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■【甲子園という病】

氏原英明 (新潮新書)

 

【「はじめに」より   一部抜粋】


高校野球の報道にあるのは常に「感動」だ。

 

朝日新聞社を中心とした゛甲子園メディア゛は高校球児の姿勢を「感動ストーリー」としてかきたてる。

 

ジャーナリズムに沿って考えれば、常軌を逸した無茶は容認してはいけない。


しかし大舞台を前にした高校球児のメンタリティは恐ろしく、底が知れず、時にとんでもないドラマが生まれる。

 

甲子園メディアはそこに追随せざるを得ず、その根底に横たわる本当の問題には目を向けないのだ。


かくいう私もその一人だった。

 

 

あるメジャーリーグのスカウトは、日本の高校野球、甲子園を取り巻く環境のことをこう表現している。


「チャイルド・アビュース」

゛児童虐待゛という意味だ。

 

 

現在プロで活躍しているある投手が高校時代に発した言葉の怖さを考える。

 

「腕が壊れても最後までマウンドにいたかった。

今日が゛人生最後゛の試合になってもいいと思いました。」

大粒の涙を流した彼の言葉に多くの人が感動した。

 


またある投手は将来は江川級と評されていたが、予選の連投で肩が壊れ、甲子園に来ても痛み止めが効かず、初戦の練習ではホームまで届かない状態だった。

誰もが投げるのは無理だと思った。

しかし彼は甲子園のマウンドに立った、が、一回で完全に投げられなくなった。

そして彼は野球人生を終わらせた。


大学生になった彼に当時の話を聞くと「甲子園は特別な舞台です。かけがえのない仲間と甲子園に立つ夢を追っていると、その後のプロ入団のことなど完全に消えていました。

あの日も死んでもいいと思いました。
そして僕が野球を諦めたことよりも辛かったのは、監督さんへの世間の非難です。僕が投げさせてくださいと言ったのです。」
子供が大人をかばっていた。


仲間との絆を大切にして高校野球に人生をかけて闘う姿は美しくみえる。
しかし冷静に振り返ってみれば、ゾッとする話である。

 

感動ストーリーを作り出したメディア、そして高校野球を取り巻く大人たちは彼らの人生を背負うわけではないし、責任も追わない。

 

犠牲になるのは常に高校球児、つまり子供たちなのだ。

 

「甲子園」が素晴らしい舞台だということはわかる。


高校野球がどれほどの人間を動かしてきたか。どれほどの人間を熱狂させ、球児たちが躍動する姿にどれほど勇気をもらったか。

 

甲子園球場が連日満員になったのは、戦後。


戦争からの復興の中、野球に遮二無二打ち込む若い球児の姿が、傷ついた日本人の心の光になったからだ。


また、それぞれの地域住民にとって代表校が自分たちの地域に灯りをともす存在にもなった。

 

甲子園の100年の間には、名勝負あり、感動あり、スーパースターの誕生あり、その素晴らしい歴史に異論はない。

 

しかし高校野球はこのままで良いのだろうか。

 

物事には表と裏、陰と陽、清と濁があり、全てにおいて完璧なものなど存在しない。

 

これまで報じられてきた゛感動の裏゛にあるものを問い直す。
それが本書の目的だ。

 

率直に言って、これまで日本人の心を打っていたはずの「甲子園」は、正気を失っていると感じる。

 

「感動」を報じ続ける゛甲子園メディア゛が本当に目を向けるべき問題は別にあるのだ。

 

高校野球に関わるすべての人が「甲子園中毒」によって、何が生じているのかに気付いてくれるよう願って、この本を記す。

 

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月一通っていた野球教室がコロナでなくなって

とにかく今野球がやりたい⚾️(>_<)⚾️

 


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多分、高校野球はずっと【昭和】のまんまなのだ。

 

昭和の時代にしかない良い部分と

昭和の時代のままではダメで変えていかなければいけない部分と

 

高校野球も同じなのだと思います。

 

■ 「Dreamer」ベリーグットマン
高校野球102回大会ABC応援ソング
https://youtu.be/r9_Xjj20Iro